TOP > ■2013.4.6「OKUBOの寄り合い2013春」レポート

OKUBOの寄り合い2013春 <映画の上映と座談会>

それぞれの「3月11日」を見つめなおす~子ども・学校・地域~

 

 4月6日(土)、大久保通りにある日本福音ルーテル東京教会の会議室にて、「OKUBOの寄り合い2013春」が開催された。この日は風が強く、天候が心配されていたが、会場には30人ほどの参加者が集まった。

 「OKUBOの寄り合い」は昨年の暮れに引き続き、今回で2回目となる。「寄り合い」のイメージは、村落のなかで重要な問題が起こったときに、皆で集まって、ああでもないこうでもないと解決策を考えていくものだ。民俗学者の宮本常一さんによれば、とても重要な話し合いの時には「三日三晩」続き、途中で疲れたら脇で寝たり、ご飯を食べたり、畑仕事のために一時抜けたりするのだという。今回の「寄り合い」というタイトルには、同じようにゆったりとした時間のなかで、身構えず、専門家の話を聞くのではなく、横にいる生身の人間同士の話に耳を傾けたいという願いが込められていた。

 

 今回のテーマは「それぞれの『3月11日』を見つめなおす ~子ども・学校・地域~」である。2011年3月11日の東日本大震災と福島第一原発の事故から2年が経ち、首都圏に住む私たちは、あのころ抱いていた「私たちの生活が何によって支えられていたのか」「このままの生活や社会のあり方でよいのか」という想いを、忘れつつあるのではないか。今回の「寄り合い」のひとつの目的は、記録映画「3月11日を生きて ~石巻・門脇小・人びと・ことば~」を観ながら、あの日をふりかえり、ゲストコメンテーターや会場の参加者と共に、これからの社会のあり方について話し合うことであった。

 第1部の上映会の後、青池憲司監督から映画撮影の経緯と、石巻の現状についての短い報告がなされた。青池監督は、阪神淡路大震災の後、神戸市長田区に入り、復興の様子を長期にわたって撮影し続けた。その時の機縁によって、今回は石巻に呼ばれ、記録映画を撮影することになった。自分のリズムではなく、誰かに「呼ばれた」という関係性が、この映画の背後にはある。映像のなかで語られるのは、そこから紡ぎだされた言葉だ。
 報告のなかで、「震災から2年が経ち、支援金や物資ではないかたちの支援のあり方が求められている」というお話があった。時間の流れとともに、被災による「問題」や「痛み」のかたちが変わってゆく。青池監督の報告は、「3月11日」を起点に、過去と現在、石巻と東京とを、橋渡しするものであった。

 第2部の座談会では、新宿・戸塚地域や大久保地域のPTA・学校関係者や、福祉関係団体職員、商店主の方々がゲストコメンテーターをつとめ、それぞれの「3月11日」をふりかえりながら、地域防災のあり方と今後の課題について、言葉を交わしあった。
 当時、子どもたちは学校に一時待機した後、帰宅させられていた。なかには学童保育へ「帰宅」する子どももいた。その一方、都心は「帰宅困難者」であふれ返っていた。大久保通りや明治通りは歩行者で埋まり、近隣の学校などが休憩所として開放されていたという。学校などの公共施設は、住民の避難所となることは想定していたが、「帰宅困難者」の休憩所/避難所となることは想定していなかった。その後、政府は震災発生時には事業所等に「2、3日」留まらせるという方針を出したが、大規模火災も予想される都心および都心周辺の地域で、「帰宅困難者」が留まることが本当に可能なのか。また、両親の帰宅を待つ子どもたちのケアをどうするのか。あるいは、昼間の働き手が少ない住宅地はどうなるのか。座談会のなかで、さまざまな問題が浮かび上がってきた。

 これから来るべき震災を「生きのびる」ために、「地域の結びつき」が必要だということは、ほとんどの方が共有していた。しかし同時に、そのための取り組みの困難さも話されていた。町内会や商店街を運営する立場からは、「若い人」や「外国人」の加入率の低さが指摘された。しかし一方で、大久保幼稚園や大久保小学校などでは、子ども同士の付き合いから親同士の付き合いへと発展し、「地域の結びつき」が少しずつ出来ているというお話もあった。また、児童館や学童保育などの「居場所づくり」の取りくみについても話された。

 今回の「寄り合い」を通じて、「地域の結びつき」について、あらためて考えさせられた。国境を越えて人が移動し、また日常的に郊外‐都心周辺‐都心へと人が移動して形づくられている都市社会において、「地域」とはいったい何なのだろうか。震災発生時、住民よりも多くの「帰宅困難者」が都心周辺に滞在することになる。その時、「地域」は形を変えていくことができるか。「日常の結びつき」を不可欠な基盤としながらも、その場に集った「見知らぬ者」同士が、どうにかして一緒に救援・支援・復興活動をしていく以外に、私たちが「生きのびる」道は無いのではないか。「寄り合い」は、その練習の場なのだと感じた。

文責:阪口毅(共住懇事務局)

撮影:金原(webサイト震災発)

   広瀬(OKUBOの寄り合い運営員)